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建築 と 茶の湯 の間

桐浴邦夫(KIRISAKO Kunio)の備忘録 茶室・数寄屋・茶の湯・ヘリテージマネージャーのことなど

「田園都市と近代の茶室」

建築学会大会において「田園都市と近代の茶室」を発表しました。
梗概:2010年度大会(北陸)学術講演梗概集F-2
目的:昭和初期、とりわけ1930年代頃より、建築家たちが茶室について大きく目を向けることとなる。また、明治から大正にかけて茶室建築を支えてきたのは数寄者と、それを支える、数寄屋建築家や棟梁たちであり、一般に建築家たちがかかわることは少なかった。だがこの時期、建築家たちは茶室に対して何の反応もなかったのか、というとそういうわけではない。建築の雑誌における記事など、言論としての茶室とのかかわりが少なからず確認できる。その後、昭和になって茶室および数寄屋の一大ブームが巻き起こり、日本のモダニズムにとって欠くことのできない存在となるのである。
本稿はこの大きな雌伏期間における建築家たちの言論を中心に、昭和になって茶室が注目を浴びることになる要因を探ろうとする研究の一環で、ここでは特に田園都市に着目するものである。